[ 記事作成日時 : 2019年3月5日 ]
[ 最終更新日 : 2020年2月6日 ]

2ヶ月間の休みが年2回 「船上の看護師」シップナースの知られざる働き方

豪華客船ダイヤモンド・プリンセス

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「まとまった休みが少なく労働時間も長い」とネガティブなイメージが強い看護師。

ココナスが2018年に100人の看護師を対象に行なった「転職理由」に関するアンケートでも24人が「休暇が取れない」、25人が「超過勤務」と、大半が労働環境に対する不満を挙げていた。

実際、「残業が多く自分の時間が確保できない」「まとまった休暇が取れなくて旅行にもいけない」と嘆く看護師は多い。

ココナス読者にも、同じような悩みを抱えている方は少なからずいるだろう。では、もし休暇を2ヶ月取得できる看護師がいるとしたら、あなたは信じられるだろうか。

2ヶ月休んで、4ヶ月働く。珍しすぎるワークスタイルを実現しているのが、「船上の看護師」ことシップナースだ。

      
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世界各地を旅する看護師!船の上で働くシップナースとは

豪華客船のシップナース

今回は豪華客船のシップナース・塩谷聡真(しおたに・そうま)さんに、その知られざる働き方を伺った。

塩谷さんは新卒として総合病院に就職し、循環器病棟に3年間勤務したのち退職。以前から興味を持っていた英語習得のため、フィリピンなどへ留学した経歴を持つ。

現在はシップナースとして、世界最大のプレミアムクルーズライン「プリンセス・クルーズ」が運航する豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」のメディカルセンターに勤務している。

シップナースが働くダイヤモンド・プリンセス
横浜港に停泊中のダイヤモンド・プリンセス。

豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」は、2,706人もの乗客を乗せて世界中を旅する18階建ての大型客船で、船内にはカジノやシアター、大浴場などが完備されている

まずは、シップナースがどういった職業なのか話を聞いてみた。

「シップナースは、乗客や乗務員が安心して航海できるように、船内にあるメディカルセンター(医務室)で働く看護師のこと。4ヶ月の勤務期間のうち、生活のほとんどは船上。短い航海でも6日間、長い場合は16日間を船の上で過ごします。それ以外の期間は乗り継ぎ地を観光したり、ホテルで休憩したりしていますね」

勤務期間中は船に乗って世界各地を行き来する。

プールサイドの屋外シアター
ダイヤモンド・プリンセスのデッキには4つのプールが用意されている。写真はプールサイドの屋外シアターの様子

「業務内容としては、体調を崩された乗客や乗務員の診療がメインですね。患者さんの症状として多いのは、食あたりや食べ過ぎ、風邪といったもの。船内の食事は、しっかりと衛生管理が行き届いているので問題ないのですが、寄港地で食べた食事などで体調を崩す方がいらっしゃるんです」

ダイヤモンド・プリンセスのデッキにあるプール

乗客が風邪をひく理由は「免疫力の低下が原因」と塩谷さん。

「船内では、毎日のようにイベントを開催しているので、乗客の皆さんは普段以上にアクティブに行動されます。すると普段よりも疲労が溜まりやすくなるので、免疫力が低下し、風邪をひきやすくなってしまうんです」

海外旅行という非日常の体験に加え、豪華客船での船旅。張り切ってしまうのはごく自然ともいえる。

船内のレストラン
日本発着のクルーズには日本食のラインナップが豊富に用意されている

しかし船内で食べ過ぎが起こるのは、なぜなのだろう。

「ダイヤモンド・プリンセスは、クルーズ料金に飲食代も含まれているんです。だから船内のレストランやバーでは、いつでも無料で食事が楽しめる(一部レストラン、ドリンクを除く)。一流シェフの料理がいつでも食べ放題なので、ついつい食べ過ぎてしまうんですよ」

これは、豪華客船ならではの事情だ。また船ならではといえば、船酔いも挙げられるだろう。

しかし、実際には船酔いする乗客は少ないとのこと。

「実船のサイズが10トンを超えると、船体はほとんど揺れません。だから、体感的には陸地で生活しているのと大差ないんですよ」

少数精鋭で働くシップナース!意外と勤務時間は短い?

船内のコンサートホール
船内では、毎日のようにショーやコンサートが行われている

船という非日常空間で働くシップナース。どのような勤務体制なのだろうか。

「航海スケジュールによって違いますが、ダイヤモンド・プリンセスの場合、基本的にはドクター2名と看護師4名が乗船しています。勤務時間は、寄港地での停泊時と航海時の2パターンあります」

パターンによってメディカルセンターの診療時間が異なる。港に停泊している日は、8時〜10時、16時半〜18時半の計4時間、航海中は9時〜12時、15時〜18時の計6時間だ。

一般の病院やクリニックと比べてかなり短いことがわかる。

「診療時間中は、ドクターとシップナース全員がメディカルセンターに集まります。診療時間外は、あらかじめ決められたオンコール※が1名いるので、その人が対応することになっています」

オンコールというのは勤務時間外でも患者が救急搬送されたときに、すぐ呼び出しに応じられるように待機することだ。オンコールではないときは、基本的に自由だという。プライベートの時間は多そうだ。

「もちろん、オンコールじゃないときも人手が足りなければ、携帯するポケベルに入電があるので完全にOFFではありません。だから常に気を張っていますね」

心が休まらないようにも思うが、ポケベルが鳴ることは少ないため、なれると気にならないと塩谷さん。自身がオンコールでない日は、ジムでトレーニングをしたり、映画をみたり、寄港地に降りて観光したりすることもできるそうだ。

シップナースならではの業務は「レントゲン」や「薬の処方」

シップナースの業務

次に、シップナースならではの業務はあるのか聞いてみた。

「船内には、診療放射線技師や薬剤師がいないので、レントゲンや薬の処方も自分たちで行います」

どちらも本来は看護師が行うことのできない業務だけに、得られる学びは多いと塩谷さん。

では、休暇はどのように取るのだろうか。

「シップナースといっても働く会社によって違うのですが、プリンセス・クルーズの場合、4ヶ月乗船して2ヶ月休みといったサイクルが基本です」

クルーズ業界では一般的な働き方なのかもしれないが、長期休暇を取りづらい看護業界から見れば新鮮だ。

「僕は旅行が好きなので、このサイクルは非常にありがたいですね。通常の病院で働いてたら、2ヶ月の長期休暇は取れませんから」

世界各地を行き来するシップナースのお給料事情は?

船内のレジャー施設

たしかに、旅行が好きな人にとっては魅力的な環境といえるだろう。しかし、いくら長期休暇があっても海外旅行にはかなりの費用がかかる。シップナースの収入面はどうなのだろうか。

「正確な金額はお伝えできませんが、一般的な看護師と比べて高水準だとは思います。船に乗っている間はお金を使わないので、貯金は溜まりやすい環境ですね。家賃はもちろん、食費や光熱費もかかりませんから」

「ただ、そのお金を使って休暇中は海外旅行に行くので、結局はたまらないんですけどね(笑)」

そうやって笑う塩谷さんの姿は、とてもイキイキして見えた。しかしシップナースの業務は、一般的な病院で働く看護師と比べて多岐にわたる。かかるプレッシャーも相当なものだろう。

塩谷さんは、なぜシップナースになったのか。

シップナースになったきっかけはベトナムでの出会い

シップナースになったキッカケ

もともと洋画が好きで、いつか字幕なしで見たいと思っていた塩谷さん。どうしても英語を習得したくなり、当時勤めていた総合病院をやめてフィリピンへ語学留学をした。

安定している総合病院での職を捨て、語学留学に行くのに不安はなかったのだろうか。

「当時は『看護師は国家資格だし、日本に戻って来ればいつだって再就職できるだろう』と考えていました。今思うと少し甘かったかもしれません(笑)」

しかし、その決断が塩谷さんの人生を大きく変えることとなった。

「僕が英語を活かした職に就きたいと思うようになったのは、フィリピンで語学留学中に出会った医療通訳をしている男性がきっかけでした」

シップナース

「その方とは、僕が病気になったときに訪れた病院で出会ったんです。言葉が通じない不安な状況のなか、彼は英語の医療用語を的確に日本語に訳して伝えてくれて。『僕も英語を使って仕事がしたい』と思うようになりました」

フィリピンでの語学留学を終えた塩谷さんは、医療通訳を本格的に学ぶためカナダへ留学。

半年間の猛勉強の末、フィリピンへ戻り、医療通訳の職に就いた。

「医療通訳として1年半ほど働いた頃に『もっと直接的に患者さんと関わりたい』と思うようになりました。もともと看護師をしていたこともあり、自分で医療行為を行えないことに歯がゆさを感じてしまって。英語を活かせて、かつ自分が看護師として働ける職場を探し始めたんです」

そこで見つけたのがシップナースの求人だった。塩谷さんは迷わず応募したそうだ。

シップナースになって苦労したのは「猛勉強したはずの英語」

船内で働くシップナース

晴れて面接に合格し、シップナースとなった塩谷さん。入社後、一番苦労したのは、熱心に勉強したはずの『英語』だった。

「プリンセス・クルーズは、世界最大のプレミアムクルーズラインです。乗客や同僚となる乗務員は、世界各地から来ている。彼らの話す英語には、それぞれ出身国特有のなまりがあったんです」

特に難しかったのは、イギリス出身の看護師が話す英語だ。身振り手振りを交えながら、少しずつお互いの訛りにも慣れていった。

「自分の英語がまだまだ通用しないレベルなんだと痛感しましたね。今も勉強中です」

塩谷さんには、シップナースになる前となったあとで感じたギャップがあった。それは求められる医療レベルの高さだ。

「日本の病院では数いる看護師の1人だったのが、ここでは『看護師=僕』なんです。今日のような寄港中の船内では、ドクター1人と看護師の僕だけしかいません」

「つまり、今なにかあったらドクターと僕だけで対応しなくてならない。シップナースとして乗船した以上、即戦力であることが求められるんです。正直ここまで高いレベルを求められるとは思っていなかったので、焦りました」

周りに日本人がおらず医療面で自立を求められる状況は、想像を絶するプレッシャーがかかる。逃げ出したくなる瞬間はないのだろうか。

やりがいを感じる瞬間は「日本人の僕がシップナースをしている意味があったとき」

シップナースのやりがい

「ドクターの英語がうまく理解できずに叱られたこともありますが、辞めたいと思ったことはありませんね。というのも僕が、ちゃんとシップナースの仕事にやりがいを感じているからだと思います」

塩谷さんが、やりがいを感じる瞬間はどういったときなのだろうか。

「ありきたりですが、やっぱり患者さんに体調が回復してお礼を言われたときですね。あとは言葉が通じないと思って来られた日本人の方が、『日本語が通じて本当に良かった』と安心してくれたとき。日本人の僕がシップナースをしている意味を感じられて、強いやりがいを感じます」

自身の好きなことを仕事に活かす塩谷さん。『英語習得』や『海外旅行』を諦めずに看護師を続ける姿は間違いなくイキイキと輝いていた。

「これからもっと英語を勉強して、世界を旅しながらシップナースとしても成長していけたらと思っています。日々勉強ですね」

こうしている今も塩谷さんは、きっと船に乗って世界中を行き来しているに違いない。

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